すべての人に「性の健康」が保証される社会をめざして

2023 年 3 月 30 日

Tokyo Sexual Health インタビュー

特定非営利活動法人akta 理事長 岩橋 恒太さん

アジア最大のLGBTQタウンといわれる新宿二丁目。その一角にあるコミュニティセンターakta(アクタ)は、HIVをはじめとしたセクシュアルヘルス(性の健康)に関する情報センター&フリースペースです。aktaの活動内容やコミュニティの変化、課題、そしてこれからの展望について、理事長の岩橋恒太(いわはし・こうた)さんにお話を聞きました。

スローガンは「コミュニティのなかから、コミュニティに向けて」


-コミュニティセンターaktaの活動について教えてください。

岩橋さん 情報センターとして、館内にはHIVや性感染症に関するパンフレット、ゲイ雑誌や漫画、セクシャリティ関連の書籍やHIV陽性者の手記などを幅広く揃え、来館された方に自由にご覧いただいています。新宿二丁目のお店情報コーナーや、スマートフォンの充電ができるブースもあり、皆さん、ふらりと立ち寄ってゆっくり過ごしています。コロナ禍前の来館者数は年間8000人から1万人ほどでした。
館内ではコンドームの配布もしていますが、新宿二丁目にはゲイバーなどのお店が300から400軒あるといわれています。そのうちの170店舗以上に、「デリバリーボーイズ」と呼ばれるボランティアスタッフがコンドームと一緒に啓発パンフレットを定期的にデリバリーしています。情報を提供するだけではなく、双方向のコミュニケーション活動を大切に、「コミュニティのなかから、コミュニティに向けて」をスローガンに活動しています。デリバリーボーイズはその根幹です。

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aktaで配布するコンドームはパッケージデザインにもひと工夫があり、おしゃれ

-デリバリーボーイズの活動を詳しく教えてください。

岩橋さん 毎週金曜日、許可を得たお店を訪問し、コンドームを補充したり、HIVや性感染症の予防などに関するチラシを置いてきます。単にモノを届けるのではなく、お揃いのユニフォームを着て「デリバリーボーイズです!」と声をかけて入店することで人目を引きますから、HIVや性の健康問題について認識してもらい、話題にしてもらうきっかけにもなります。そこがこの活動の大きな目的です。お店に来ている人からデリバリーボーイズが相談を受けることもありますし、配布したパンフレットのデザインなどでダメ出しされることもあります。いま何がこの人たちに求められているのか、どんな情報を求めているのか、どのようなコンテンツなら届くのかといったことをタイムリーに知ることができ、街のリアルを共有できます。

デリバリーボーイズはコミュニティセンターaktaと街をつなぐ大切な役割を担っているのです。デリバリーボーイズはボランティアが中心で、現在は200人ほどが登録しています。彼らが楽しそうに活動している様子を見て、「かっこいい、自分もやってみたい」と思う人が増えることも期待しています。
一方で、せっかく遊びにきているのにHIVや性感染症のことなんてここで聞きたくないという反応もかつてはありました。また、HIVは過去の問題だと思っている人も少なくありません。

治療法や予防法は進歩したけれどH I Vの流行は終わっていない


-そういえば、最近はあまりHIVの話題を見聞きすることがないですね。

岩橋さん 以前に比べ報道が減ったいちばんの理由は、治療法が確立したことでしょう。抗HIV薬によって体内のウイルス量が検査で検出できないほど少なくなります。性行為を通じても感染させることのない状態を「U=U(ユーイコールユー)」といいますが、薬をきちんと飲み続ければU=Uを維持でき、これまでと同じように生活できるようになりました。
予防医療も進歩していて、感染リスクのある行為の後に抗HIV治療薬を飲むPEP (ペップ)や、リスクのある行為前に予防薬を飲むPrEP(プレップ)が普及しはじめています。ある意味でかつてのようにこわい病気ではなくなったことで、話題に上りにくくなったという面があります。
自分の周りにはHIV陽性者やエイズの人はいないという人がいますが、日本のMSM(Men who have Sex with Men:男性同性間性的接触者)の20人に1人ぐらいがHIV陽性といわれています。また、MSMに限らず日本全体で年間900人前後の新規感染者がいます。HIV陽性の人が周りにいないのではなく、存在に気づいていない、もしくはあなたに伝えられないだけなのかもしれないと考えてほしいと思います。

-HIV感染予防で今もっとも大切なことは何ですか?

岩橋さん 今もっとも大切なことは検査とPrEPの普及です。治療にとっても予防にとってもスタートラインになるのは検査でとても重要です。定期的かつ必要なときに検査を受け、早期発見・早期治療をすることで新たな感染者を減らすことができます。そのため全国の保健所では匿名・無料のHIV検査を実施し、東京都などでは検査・相談室も設置していますが、必要な人(リスクのある人)がすべて検査を受けられているかというとそうではありません。また、新型コロナウイルス感染症など、公衆衛生上の危機が起こると検査数は激減します。そもそも検査のキャパシティが不十分です。日本の成人男性(20~59歳)の2~4%がMSMで、その数は100万人から150万人といわれていますが、彼らが3カ月に1回検査を受けるとなったら現在の検査体制では対応できません。

海外では自己検査キットが普及していて、安価で簡単に検査が行えます。コミュニティセンターaktaでは、来館者が希望すればHIVの郵送検査キットを無料で手渡す研究の取り組みを、エイズ治療・研究開発センター(ACC)と協力して行ってきましたが、従来の検査よりも陽性割合が高く、当事者が集うコミュニティのなかで検査を行うことの重要性を感じました。
しかも、ただキットを手渡すのではなく、「せっかく来てくれたんだし、よかったら話を聞きますよ」という感じでアプローチしたところ、陽性者の4人に1人が専門相談につながりました。
私たちはサポートケアも活動の中心に考えていて、aktaのメンバーにはHIV陽性の当事者もいます。専門の相談をしているわけではないけれども、ふらっときた方で何かお困りごとがあればうかがって共に考える、必要があれば専門相談につなぎます。私たちは、HIV検査にかかわることもコミュニケーション活動の1つと位置づけています。

HIV陽性の人もそうでない人も同じ社会に生きている


-岩橋さんがHIV予防活動に携わるようになったきっかけを教えてください。

岩橋さん 大学2年生のとき、性科学者の池上千寿子さんの講義で「セックスや性の健康は権利である」と学んだことです。小学生の頃に薬害エイズ訴訟があり、その報道でHIVというものがあることは知っていましたが、自分が性的マイノリティであることを自覚するようになって、居場所のなさや相談ができないことに悩み、大学でジェンダー論を研究しようと思っていたときに池上さんに出会いました。半年の講義のなかで、「あなたがモヤモヤしていることは、安全が保証された場できちんと議論すべきだ」と教わり、こういう人たちが活動しているところで自分も仕事がしたいと思ったのです。大学院では HIVについて社会学の視点から研究し、HIV陽性の人やエイズの人を支援しているNPOの「ぷれいす東京」でボランティア活動を始めました。aktaに加わったのは2012年で、2015年から代表・理事長を務めています。

-この20年でHIVを取り巻く環境はどう変わりましたか?

岩橋さん 最も大きな変化は、HIV陽性だということをオープンにする人が少しずつ増えたことです。いえない人はもちろんいますが、以前よりオープンにしやすい環境になってきたと思います。
この社会では、HIV陽性かどうかにかかわらずみんな一緒に生きています。aktaとぷれいす東京では、2002年から「HIVをもっている人も、そうじゃない人も、僕らはすでに一緒に生きている」というメッセージを広く伝えるために「Living Together計画」というよびかけ団体を結成し、クラブイベントや写真展、研修会、学校への出張授業などを行ってきました。
新宿二丁目というコミュニティでは、私たちの活動が徐々に受け入れられ、新しくできた店からデリバリーボーイズに来てほしいと、依頼されるようになりました。
コミュニティセンターは厚生労働省委託事業であり、aktaも保健・医療・行政の各機関と連携して疫学研究を協働して行ったり、各機関のHIV/エイズ対策がコミュニティにどのように受け止められているかをフィードバックしていますが、そのような活動にもデリバリーボーイズの存在が欠かせません。
コミュニティセンターaktaのホームページには、「デリヘルくんが聞く! 突撃インタビュー!!」というコンテンツがあり、ゲイバーのママたちがHIVについてどう思っているか、デリバリーボーイズの活動の感想、お客さんの反応などを紹介しています。二丁目のお店を知るきっかけにもなり、人気コンテンツの1つです。

性の健康を守ることは人権を守ること


-課題はありますか?

岩橋さん コミュニティセンターの活動は性の健康のための重要な事業と位置づけられ、厚生労働省の事業費として運営費がついていますが、安定した雇用を実現できているかというと厳しいものがあります。チラシや冊子の制作も、新宿二丁目に関わるクリエイターたちがほぼボランティアでやってくれています。コミュニティにとって大事なことだからという一人ひとりの思いや意識が活動を支えているのですが、先程もお話ししたようにHIVへの関心は以前に比べて低くなっています。LGBTQのなかでもそうですし、一般社会はなおさらです。 現在、梅毒を筆頭に性感染症の増加が懸念されています。また、エムポックス(サル痘)の動向も注意が必要です。これらの対策にHIV対策の経験や成果が生かせるはずです。新型コロナウイルスなどの新規の感染症でも同じです。保健・医療・行政とコミュニティが協力して構築したエビデンスや、協力体制のノウハウを感染症対策に幅広く活用してほしいと思います。

-最後にメッセージをお願いします。

岩橋さん HIV感染対策のためにグローバルな行動を進める国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、2030年までにHIVの流行終結を目指しています。そのためには、感染リスクのある人が必要なときに検査にアクセスできる仕組みや、治療継続を支援する仕組みが必要です。
予防法は、コンドーム、PrEP、定期的な検査などいくつかありますが、どの方法が合うかは一人ひとりのライフスタイルなどにより異なります。科学的根拠のある予防法が身近なところに用意され、どれを選択してもお互いに認めあえる社会であること、これをコンビネーション予防と呼びますが、とても大切だと思っています。
性の健康は権利です。HIV陽性の人やエイズの人、性的マイノリティが「かわいそう」だからこの問題に共感するというのではなく、同じ社会を生きる人間として性の健康を保証されるのは当たり前、それを保証することは重要な人権であると考えられる社会を一緒につくっていきましょう。

-ありがとうございました。

 

「Undetectable=Untransmittable」の略。抗HIV療法を継続することで、血中のウイルス量が200 copies/mL未満の状態を6カ月以上維持している状態を「Undetectable:検出限界値未満」といい、性行為を通じてもHIV感染させることは一切ない「Untransmittable:HIV感染しない」という科学的根拠に基づいた事実を世界的に伝えるメッセージ。


特定非営利活動法人akta  https://akta.jp/

同性愛者などに対してHIVやエイズに関する正しい知識の普及を推進することを目的に2003年設立。公益財団法人エイズ予防財団による厚生労働省委託事業。同様の「コミュニティセンター」が、aktaを含め全国6カ所にあり、いずれもNGO(非政府組織)として当事者が運営している。コミュニティセンターaktaは特定非営利活動法人aktaが運営。常勤スタッフ4人、アルバイト4人のほかに、登録ボランティア約200人が活動している。

岩橋 恒太

1983年生まれ。2015年より特定非営利活動法人akta代表・理事長。

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参考
・エイズ予防情報ネットAPI-NET https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html
・Living Together https://ptokyo.org/know/livingtogether