Fast-Track Cities Workshop Japan 参加レポート(5)

2022 年 7 月 14 日


日本のHIV陽性者におけるスティグマ

HIV感染症、AIDSという病気は、医学の進歩とともに確実な治療効果が得られるようになってきました。正しい知識があれば、人への感染も防ぐことができ、多くの患者は病気を抱えながらこれまでと変わらぬ生活を続けられるようになってきました。しかし、患者を取りまく社会の意識はアップデートされておらず、根強い差別があり、いまだ患者を苦しめています。

HIV感染者やAIDS患者への偏見・差別をなくすには


HIV感染症はコントロール可能な慢性疾患で、きちんとした治療と対応を行っていれば他人にうつすことはありません。それなのに偏見が根強く残り、HIV感染者やAIDS患者の差別につながっています。
日本では1980年代に、血液の病気の治療に使う薬(血液製剤)にHIVが混入していたことが原因で、多くの方がHIVに感染し「薬害HIV訴訟」に発展しました。

そのような状況のなか、被害者自身が救済事業を行うことを目的とし、設立されたのが「社会福祉法人はばたき福祉事業団」です。
理事長の武田飛呂城氏は、「薬害HIV感染」を人権侵害の事例とし、活動を振り返りました。「『HIV訴訟』は、“生きるための訴訟”だった。1996年に国・被告企業5社との和解が成立し、各種の恒久対策が打ち出されたが、今も被害者が医療機関や福祉施設から受け入れを拒否されたり、就職で差別されたりするなど被害は続いている。事件を知らない若い世代にもアプローチして正しい情報を提供していきたい」と語り、はばたき福祉事業団を設立した初代理事長で2020年6月に亡くなった大平勝美氏を偲びました。

HIVとスティグマ(差別・偏見)を研究する井上洋士氏(順天堂大学大学院 医療看護学研究科 特任教授)は、「HIV感染者は、偏見・差別を受けないために、U=Uでもパートナーなどに伝えないことがあるが、そのことで心のQOL(生活の質)を下げている。スティグマの解消にもっとも有効なのは、HIV感染者が普通に生きている実例をみせること」だといいます。U=Uについて一般の人に広く知ってもらうことや、医療・福祉関係者のHIVに関するスティグマを調査することの大切さも語りました。

国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(ACC)の星野晴子氏は、東京都の性感染症ケアを行う医療機関の数やサポート内容などを調べた結果から、HIV感染者を受け入れられる医療機関をもっと増やすことや、医療通訳(日本語を話せない人のための通訳サービス)の充実を訴えました。

日本に住む外国人の診療に積極的に取り組み、多言語での対応が可能な港町診療所(神奈川県)の沢田貴志医師は、日本では在留資格によって受けられる医療が細かく分けられ、利用しにくいことを指摘。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で帰国できなくなった外国人の相談が増えているといいます。このような状況に置かれた人は無保険のためにさまざまな病気を悪化させてしまうことも少ないとのことです。「『すべての人に健康と福祉を』は、SDGs(持続可能な開発目標)の1つ。外国生まれの人がきちんと医療を受けられるようにすることは、人道的な意味だけでなく、感染症対策としても極めて重要」と述べました。

みんなでHIVとAIDSの課題に取り組もう


日本では早期発見のためにHIV検査を受ける人がまだ少なく、20-40%はAIDSを発症してはじめて検査を受けるそうです。HIVはセックスの経験があれば誰でも感染する可能性があり、決してMSMの人だけの病気ではありません。スティグマの問題に対しても、私たちみんなが意識を向ける必要があります。

ワークショップの司会を務めた田沼順子医師(国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(ACC))は、2019年ロンドンで開かれたFast Track Cities Conferenceに参加した際に、ロンドンのHIV対策に触れ、大きな衝撃を受けたそうです。
「以前はロンドンも日本と同じように国と自治体等がそれぞれ対策を行い、資金もバラバラに投じられていたのですが、2012年ロンドン五輪の頃に12のプロジェクトに再構成し、MSMなどHIV感染リスクの高い人の新規感染を過去5年で40%も減少させるなど成功をおさめています。関係者に話を聞くと、成果をあげられたのは、バラバラなプロジェクトをまとめ、一貫性のあるメッセージをもって、地道に活動を続けたからだと口を揃えていました。異なる考えをもつ人たちを1つにまとめるのには大きな労力が必要で、政治的なリーダーシップも要したと思います。このような他の都市のベストプラクティスを共有できるのはFast Track Citiesのネットワークの利点であり、日本にも紹介したいと思いました」と田沼医師は語ります。

「第1回 Fast Track Cities Workshop Japan」には、医師や看護師、研究者などの専門家に加え、NPO法人「ぷれいす東京」「akta」や社会福祉法人「はばたき福祉事業団」が参加しています。田沼医師は、「HIV対策に関しては市民団体がとても大きな貢献をしています。ワークショップでは全体で積極的なディスカッションができたことは収穫でした」と振り返りました。
さらに「今後もFast Track Cities Workshopでは、議論の中立性や透明性を保ちつつ、コミュニティの意見を反映させることを大切にしていきたい」といいます。

「国連合同エイズ計画(UNAIDS)」は、(1)感染者の95%以上が診断を受けて感染を知ること、(2)診断を受けた95%以上が治療を受けること、(3)治療中の感染者の95%以上で血中ウイルス量を抑制することを、2025年までに達成する目標を掲げ、2030年までのAIDS流行終結を目指しています。

「95-95-95の達成には、検査を受けやすい環境づくり、HIV感染判明から治療開始までの期間短縮、PrEPの普及などが不可欠ですが、そのためには当事者の参加はもちろん市民のみなさんに関心をもってもらうことが大切です。それがスティグマをなくすことにもつながっていくはずです」と、田沼医師は展望を語りました。