Fast-Track Cities Workshop Japan 参加レポート(4)

2022 年 7 月 14 日

PrEP 普及上の課題と医療機関とコミュニティそれぞれの取り組み

HIV陽性者であっても、適切な治療を継続することで他者へ感染させるリスクは非常に低くなりました。しかし、このようなメッセージは当事者にも徹底しているとはいいがたく、当事者でなければなおさらです。このような正しい情報が世間に広がらないことが、新たな感染者を生み、差別の解消を妨げることにもなっています。ここでは、HIV感染予防について、医療機関、コミュニティの両面から意見や、報告がされました。

U=Uを国内で周知させる重要性


U=U (Undetectable= Untransmittable)とは、HIV感染者が適切に治療を受けることで、ほかの人にHIVを感染させることはないという意味です。
公益財団法人エイズ予防財団理事長の白阪琢磨氏は、日本ではまだ「U=U」というメッセージが多くの人に共有されていないことを指摘し、予防としての治療(TasP=Treatment as Prevention)」の重要性とともに伝えていかなくてはいけないと話しました。

「Undetectable」は検出限界値未満という意味、「Untransmittable」はHIV感染しないという意味となります。つまり、HIV陽性者が継続して抗HIV療法を受けることで、血中のウイルス量が200 copies/mL未満の状態を6カ月以上維持していれば、性行為を通じてパートナーにHIV感染させる心配はほぼありません。
このような科学的根拠のあるメッセージを知ることで、予防としての治療が推進され、HIVの感染率も抑えることができるのです。

「U=U」とともに海外では曝露前予防を行う人が増えてきました。HIVの未感染者で感染リスクが高い人が、事前に予防薬を服用するというものです。日本では保険診療ではありません。

性行為の前に薬を飲んで予防する「PrEP」の今後の普及は


「PrEP(Pre-Exposure Prophylaxis/プレップ)」とは、HIVには感染していないが感染するリスクが高い人が、HIVの予防を目的として性行為前に抗HIV薬を飲むことです。曝露前予防ともいいます。日本の公的医療保険では認められていないため、ネット通販で個人輸入し、入手する人が増えているといいます。

東京で性感染症を専門に診療するパーソナルヘルスクリニックの塩尻大輔医師は、HIVの検査や治療に加え、PrEPを希望する人に薬を処方しています。PrEPの予防効果は90%以上といわれており、とくに性行為の相手が男性である男性(MSM:Men who have Sex with Men)で需要が高いそうです。一方で、すでに感染している人や副作用のリスクの高い人が、医師の診察を経ずに個人輸入して飲んでいるという問題もあります。
そのような問題に懸念を覚える塩尻医師はオンライン診療をしています。「初診からオンライン診療が可能になったことで、相談者が増えている。医療機関にアクセスしやすい環境をつくることが大切」といいます。

NPO法人ぷれいす東京は、HIV /AIDSとともに生きる人々がありのままに生きられる環境をつくり出すことを目指し活動しているCBO(地域社会団体)です。代表の生島嗣氏は、2021年に行った「セックスライフとPrEP に関する調査」(7,850名の回答を分析対象)で、PrEPの利用率は8.8%(2018年比6.3ポイント増)、費用の許容範囲は月2,500円未満という人が約半数を占めたと報告しました。また、「PrEPユーザーの6.2%が継続的なHIV検査に課題があるにもかかわらず、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の影響で保健所での検査が難しくなっている」と現状も伝えました。

新宿二丁目を拠点に活動するNPO法人akta代表の岩橋恒太氏は、PrEP利用者は、未利用者に比べ、梅毒、クラミジア、淋病、B型肝炎などにかかった経験をもつ人が多いという調査結果を示し、「PrEPの普及に向けては性行為感染症(STDs)の啓発も同時に行うことが重要だ」と述べました。PrEPをしていればコンドームを使わなくてよいと誤解している人も多いことから、ヘルスリテラシー(健康に関する情報を集め、理解し、活用するスキル)の格差をなくすために、「包括的な性の健康推進の取り組みが必要」と強調しました。

性感染症の疫学やセクシャルヘルスなどを専門とする塩野徳史氏(大阪青山大学 健康科学部看護学科 准教授)は、「PrEPと向き合う地方のCBOとMSMコミュニティ」というテーマで発表。「安心してセックスを楽しみたいという理由でPrEPを行う人が多い。医療資源の少ない地方では正しい情報共有、見守りなどでコミュニティ活動が重要な役割を果たす」と語りました。

「PrEP導入不急の課題」と題したパネルディスカッションでは、山口正純医師(武南病院)、水島大輔医師(国立国際医療研究センター)、岩橋恒太氏(特定非営利活動法人akta)、塩野徳史氏(大阪青山大学)から、日本のPrEPを取り巻く状況について多くの課題が指摘され、特に以下の5点が挙げられました。今後、これらの課題に対し対策を講じる必要があると語られました。

PrEP導入不急の課題
・日本でのPrEP導入が遅れていること
・PrEPにより、コンドーム使用率が低下し、ほかの性感染症が増加する懸念があること
・PrEPは自由診療であり、価格設定に懸念があること
・PrEPを実施する医療機関へのアクセスに制限があること(地方は少ない)
・PrEPの正しい情報が普及していないこと