Fast-Track Cities Workshop Japan 参加レポート(1)

2021 年 10 月 12 日


HIV対策に取り組む世界の都市でつくるネットワーク

2021年7月9日、「第1回 Fast-Track Cities Workshop Japan」がオンラインで開催されました。「Fast-Track Cities(FTC)」は、直訳すれば「高速対応都市」ですが、ここではHIV対策を喫緊の課題として、2030年までにAIDS終焉を目指す国際的なパートナーシップをさします。国連合同AIDS計画(UNAIDS)と世界の都市が共にHIV、AIDS対策に取り組んでいます。
当日のワークショップには、国内外の専門家だけでなく国内各地で活動する当事者や支援者のグループも参加し、HIVに対する取り組みが紹介されました。

AIDSとは? HIVとは? 日本の現状


2019年に日本で新たに報告されたHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者は903人、AIDS(後天性免疫不全症候群)患者は333人、合計で1,236人です。ピーク時の2013年には合計1,600人近かったので、やや減少傾向にあります。1985年から2019年末までに報告されたHIV感染者、AIDS患者の総数は3万1,385人です。
HIV感染者、AIDS患者はいずれも都市部に多く、もっとも多い東京が全体の3割以上を占め、大阪府、愛知県がそれに続きます。

AIDSは、HIVに感染して発症します(詳しくはHIV/AIDSへ)。HIVに感染しても、AIDSを発症する前に薬(抗HIV薬)で治療すれば、発症を防いでほぼ寿命を全うできます。
HIVは感染力の弱いウイルスなので、日常生活で他人に感染させることはまずありません。また、抗HIV薬でウイルスの量を検出限界値未満(Undetectable)に長期に抑えることにより、性行為からの感染もなくなります(Untransmutable)。これを「U=U」といいます。

抗HIV薬の進歩によって、HIV感染症はコントロール可能な「慢性疾患」になりました。しかし、この事実を知らない人がいまだ多く、HIVに感染した人が偏見、差別にさらされるという点は以前と変わりありません。また、当事者においては、HIVに関する正しい知識が不足しているために、適切なタイミングで検査を受けていないことも問題と考えられます。このような日本の現状から、「第1回 Fast-Track Cities Workshop Japan」は、HIV検査の普及、感染予防対策、そして、HIV感染者やAIDS患者に対するスティグマ(烙印:差別・偏見の意味を含む)の問題をテーマとしています。

Fast-Track Cities InstituteとInternational Association of Providers of AIDS Careの役割


国立国際医療研究センターの 岡慎一先生が座長を務めた最初のセッションは、AIDSケアに取り組む海外からの報告でした。

初めに、国際エイズケア提供者協会(IAPAC)の会長、ホセ・ズニカ博士から「FTCの紹介–コミットメントに関する基本理解」として、2025年までにHIVの新規感染者ゼロ、AIDSの関連死ゼロ、AIDSへの偏見ゼロを実現するためには、偏見・差別を撤廃しなくてはならないと提言がありました。
HIV感染リスクのある人の95%が複合感染予防を徹底する、HIV感染者の95%がレトロウイルス療法を受けるーこれらの予防対策を積み上げていくことでAIDS終焉に近づけるのだが、そのためにはHIV・AIDSに対する偏見をなくし、正しい情報を当事者はもちろん、ほかの人も共有することが重要であると述べました。さらに、HIV・AIDSに関する偏見・差別をなくすことはジェンダーにかかわる平等を確立し、暴力を排除することにも通じるのだと。
また、AIDS患者の高齢化に伴い、今後AIDS以外の病気で医療機関を受診する機会が増えることが想定される、それらをどう受け止め、医療体制を構築していくかも課題であると話がありました。

続いて、イギリスのジェーン・アンダーソン医師からは、ロンドンにおけるファストトラックシティイニシアチブ(FTCI)の取り組みが報告されました。
英国全体の4割のHIV感染者が居住するロンドンでは、臨床医のネットワーク「HIVフォーラム」を介して、都市全体のHIV治療を管理しています。そこには1500のプライマリーケアの診療所があります。英国の国民保険サービスに加入していれば、ガイドラインに則った治療を誰でも無料で受けることができ、ボランティアなどの支援も受けることができます。
英国公衆衛生庁が診療・予防対策部門と協力してHIVサーベイランス・モニタリングシステムを使い情報を収集し、その情報は広く公開され、それをもとに地域・国レベルの状況を把握し対策を講じているのです。
2014年に国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、HIVの流行を制御する戦略として、2020年までに、感染者の90%以上が診断を受ける、診断を受けた感染者の90%以上が治療を受ける、感染者の90%以上で血中ウイルス量を抑制する治療を受けるといった「90-90-90」1)を掲げました。ロンドンはこの目標を達成し、「95-95-95」も世界で初めて達成しています。さらに、HIV感染者、関連の死亡者、関連のスティグマを2030年までにゼロにすることを目標に掲げています。
そのためには、当事者だけではなく一般市民の意識変容も求められます。HIVへのスティグマを撲滅させるために、一般市民を対象に大規模調査を行い、その結果を公開する予定です。HIV感染者の内在化されたスティグマの解消をサポートする人材の育成を目指します。さらに、ロンドンの医療機関とボランティア団体との連携を図り、おのおのの伝統や規模などの垣根を取り除き、FTCを推進していく必要があると述べています。
そして、今後のHIVケアは感染者の特性の変化、ニーズの変化に伴い、提供するサービスを変更する必要があり、その喫緊の課題として医療と社会的ケアを一体化し、地域密着型のアプロ―チを展開することだと述べました。2000年以降、新型コロナウイルスのパンデミックにより計画は変更を余儀なくされた部分もありますが、ロンドンでは高い目標に向けて取り組みを進めています。
1)https://www.unaids.org/en/resources/documents/2017/90-90-90

最後に、タイ・バンコクのニッタヤ・ファヌファック医師から「FTC-バンコクのベストプラクティス」に関する紹介がありました。
タイでは、ケアを受ける人に視点を置いた「キーポピュレーション主導健康サービス(KPLHS)」を設立し、HIVの医療、セクシャルヘルス全般を行っています。ここでは、クライアント中心のサービス、中立的なアプローチ、HIVの治療と予防の重要性を同等に置くなどを掲げ、キーポピュレーションの支援格差の解消を目指しています。
KPLHSでは、ケアを受けるまでのステップを減らし、必要なサポートを速やかに受けられるようにしています。検査でHIV陽性とわかった場合、まず、抗HIV療法(ART)について説明を行います。陽性者の90-95%が即日ARTを受け入れ、80%は実際に行います。
タイでは男性間性交渉者(MSM)のHIV感染が減少傾向にあるのに対し、トランスジェンダーの女性で増加がみられます。このような感染状況の変化から、トランスジェンダーに適した医療サービスの確立が必要となりました。このサービスを運営する際には、利用者のニーズに応えるため、トランスジェンダーの複数の団体から意見・要望を聞き取っています。
バンコクの中心地に新設されたタンジェリンクリニックは、すべてのジェンダーに対しセクシャルヘルスを提供しています。過去5年でトランスジェンダーの女性の利用は4000人を超えましたが、受診のきっかけを作ったのが、トランスジェンダーのインフルエンサーたちのFacebookでした。受診した70%がこれらのFacebookでクリニックを知り、そのうちの40%が初めてのHIV検査へとつながり、さらに曝露前予防投薬(PrEP)摂取率は300%ほども伸長しました。
2020年にバンコクでは、PrEP in The Cityとしての取り組みを周知させるために公共交通機関に広告を掲載するなどのキャンペーンを行っています。そして、PrEPを日常生活に取り入れる、スティグマの軽減によって、AIDSの終焉を見据え活動をしています。