自分らしく健やかに生きるために性を学ぼう

2021 年 10 月 12 日

Tokyo Sexual Health インタビュー

NPO法人ピルコン 理事長 染矢明日香さん

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NPO法人ピルコンは、望まない妊娠や性感染症の予防啓発、性の正しい知識を普及する活動のほか、性別に関わらず自分らしいライフプランやキャリアを実現するための支援などを行っています。理事長の染矢明日香さんに性を学ぶことの意義、そこから啓いていくことなどを中心にお話をうかがいました。

自分自身の体験がピルコン設立のきっかけに


pilconlogo.jpeg普通に恋をしているだけなのに、予期しない妊娠、人工妊娠中絶、性感染症に悩む若い人は少なくありません。私自身、大学3年生だった20歳のとき、予期しない妊娠をしました。とても悩んだ末に、現時点では産み育てることは難しいと考えて人工妊娠中絶を選択しましたが、非常につらい経験でした。自分に正しい知識がなかったという反省とともに、このとき気づいたのが、いつ自分と同じ状況になるかわからない人が友人のなかにも多くいるということです。
妊娠は人生に関わる大きなこと。だからきちんと学ぶ必要があると思い、学生団体「避妊啓発団体ピルコン」を2007年に立ち上げました。その後、20~30代の社会人を中心とする有志の任意団体を経て、2013年からNPO法人として活動しています。

妊娠や人工妊娠中絶、性感染症の知識が若い人に不足しているのは、それを学ぶ機会が少ないことが大きな要因です。望まない妊娠を防ぐ方法や、万が一妊娠してしまったときはどのような選択肢があり、どこでどのようなケアを受けられるのか、誰もが知る権利があるという思いを、性の健康について勉強するなかで強めてきました。

人は誰でも「包括的性教育」を受ける権利がある


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日本社会には性を語ることのうしろ暗さがあり、性教育イコール“セックス教育”というとらえ方、性教育によって若い人たちの性行動を促進するのではないかという誤解がまだ根強くあります。
しかし、最近は性教育に関する書籍が多く出版されるようになってきました。国も、「生命(いのち)の安全教育」※1として、主に性犯罪・性暴力対策の強化を目的に教材や指導の手引きを作成するなど、性の健康を達成するための教育に取り組み始めました。

国際的には、1999年に世界性科学学会(現性の健康世界学会)で「性の権利宣言」が採択され、人は誰でも「包括的性教育」を受ける権利のあることが示されました。
「包括的性教育」とは、性の健康、幸福、尊厳を目指して、体に病気がないというだけではなく満足感をもって生きる権利を実現するためのもので、「ジェンダー平等や性の多様性を含む人権尊重を基盤とした、カリキュラムに基づく性教育」と定義されています。
性の知識だけではなく、適切な態度や具体的なスキルを身につけられるように、学習者を中心とした対話的なアプローチを重視した教育を行うのが特徴です。

私たちも元々は避妊についての情報発信を行っていましたが、土台としての人権・性の多様性への理解や、背景にあるジェンダーギャップ、性暴力や健康的な人間関係に扱うテーマを広げていく必要性を感じています。「包括的性教育」の効果について、性教育の国際的な指針『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』※2は、初交年齢が遅くなる、性交渉の頻度が減る、性的パートナーの数が減る、リスクの高い行為が減る、コンドームの使用が増える、避妊具の使用が増えるほか、自分らしくあっていいという自己肯定感の向上にもつながるとしています。

男性も性についてポジティブになれず悩んでいる


ピルコンのサイトには、恋愛・性の悩みと疑問を解決するための「HAPPY LOVE GUIDE」という知識をまとめたページがありますが、そこで最もよく閲覧されているのが、「男性のからだ」というページです。また、海外の性教育動画を翻訳した「AMAZE」でも、男性の性やマスターベーションに関するコンテンツの視聴数が多く、男性たちも性に関して悩んでいるということに改めて気づかされました。表立ってはいえないけれど、性についてポジティブになれず、悩んでいる人がたくさんいるのだと思います。
早くセックスを経験するのがよいこと、セックスでは射精するのが当たり前という価値観を植えつけられてしまった人も少なくありませんが、挿入、射精はセックスのバリエーションの1つにすぎません。本来、セックスはお互いを尊重しあえる心地よいコミュニケーションであることを、大人がきちんと伝えることによって、男の子も女の子もセックスを豊かなものとして理解できるようになるはずです。そうやって子どもたちの性の健康を守ることが大人社会の責任だと思っています。

性の健康と権利が守られる社会に


ピルコンでは、避妊・妊娠、性についての相談に無料で答える「ピルコンメール相談」や、妊娠の不安を抱えるすべての人に医師監修の避妊や検査、支援先の情報を即座に自動応答するチャットボット「ピルコンにんしんカモ相談」を展開しています。
こちらに寄せられる相談で多いのは、「妊娠したかもしれない」「性感染症かもしれない」などのほか、セクシャリティに関するものもあります。

性感染症は周囲には相談しにくいものですが、決して特別な病気ではなく誰でもかかる可能性があります。以前、性科学の先生から聞いた言葉でとても印象に残っているのは、「食を始めれば胃を病むことがあり、呼吸を始めれば肺を病むことがあるのと同じように、性生活を始めれば誰だって性感染症になる可能性がある」というものです。
もし性感染症にかかっても自分を責める必要はありません。おかしいなと思ったら病院へ行き、早く治療できてよかったとポジティブにとらえられるようになることが、まさに性を学ぶ意味なのです。
妊娠の場合も、自分を必要以上に傷つけることなく、健やかに幸せになれる道を模索できること、心身を労って大切にできること、適切なケアが受けられることが当たり前になってほしいと思います。
そのためには、すぐに相談でき、責められることなく適切なサポートが受けられる環境をつくること、それを多くの人に知ってもらうことが必要だと考えています。
現在は、緊急避妊薬がほしいと思っても、婦人科などへ自らアクセスすることは、中高生にはハードルが高く、費用も高額であるなど、制度の問題で緊急避妊薬を使うタイミングを逸してしまうことがあります。せっかく性に関する知識をもっていたとしても活かせない環境があります。それを変えるには、私たち大人が性の健康と権利を学び直さなければなりません。

妊娠、出産に関しては、子どもを望む時期も望まない時期も自分の人生のなかにはあります。自分らしい選択ができ、それが尊重される社会をつくるために、医療従事者など専門家ともつながりながら、若い人に参画してもらって一緒に学んだり考えたりして、包括的な視点で性の健康に関わる活動を広げることがピルコンの社会的意義だと考えています。

また、私たちが生きている社会にはさまざまなセクシャリティの人が存在するということをしっかり受け止めることはその人を尊重することにつながります。他者の人権を尊重することから、一人ひとりが自分らしく生きられる社会ができていくと思います。



※1 令和2年6月11日の「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」において、性犯罪・性暴力対策の強化の方針」が決定。この方針を踏まえ、子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないよう、全国の学校において「生命(いのち)の安全教育」を推進することになった。

※2 2009年にユネスコ(UNESCO)、および国連合同エイズ計画(UNAIDS)、国連人口基金(UNFPA)、ユニセフ(UNICEF)、世界保健機関(WHO)が共同し、セクシュアリティ教育に関わる世界の国々の専門家の研究や実践を踏まえて2009年に発表されたもの。2018年に改訂。国際的な性教育の指針となっている。